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私の歩んできた道 第3回

「ネイチャーインタフェイス」の概念の提唱とウェアラブルの実用化

東京大学名誉教授、特定非営利活動法人ウェアラブル環境情報ネット推進機構 理事長 板生清

1. 万物は情報を発信する

20世紀後半になって爆発的に増大した人工物は、自然や人間に大きな影響を及ぼし、環境問題などさまざまな問題の発端となっている。ちょっと見回しても高層ビルや自動車など人工物ばかりが目につく現代、地球の軌道上では宇宙ステーションが動いており、フロンガス、炭酸ガス、PM2.5など目に見えない人工物もたくさん排出している。
人工物を作り出す人間もまた自然の一つの存在である。自然と人工物が対立する状況を協調の方向へと導いていく責任が人間にはある。センサネットワークにより、自然、人間、人工物、それぞれの界面(インタフェイス)をシームレスにして、新たな調和と共生の世界を作っていく。これがネイチャーインタフェイスの概念である。
ネイチャーは自然だけではなく本質を意味している。つまり、三者の界面を低くすることで情報を共有し、サステイナブル(持続可能)な環境調和型社会の実現を目指すものである。
1990年にNTTの研究企画部長に就任し、先端技術をどう社会に活用していくか、考えをまとめていく中で結実したのがネイチャーインタフェイスという概念である。
1991年に提唱して以来、ネイチャーインタフェイスは私の研究活動の根幹にあり、これを実現する上で必要不可欠なセンサネットワーク技術の開発に力を注いできた。当時は携帯電話を本格的に普及させようという段階で、企業として掲げるテーマとしては早過ぎたこともあって、経営層からの理解も得られなかったので、研究活動の場を大学に移すことにした。

2. ウェアラブル端末の開発

 企業人から大学の教授へとポジションが変わったことで、これからは市民に必要な技術(私は市民技術と呼んでいる)に特化した活動に専念したいと決意した。大学は産業界だけのものでなく社会の宝である。技術による社会貢献の必要性と大学の存在意義、2つの観点から私は「社学連携」という言葉を創った。これは、2003年初頭の朝日新聞社説にて紹介された。 徘徊するお年寄りを追いかけているだけでくたびれてしまって大変、というヘルパーさんの話から、お年寄りの居場所がわかるセンサ付きのGPSシューズを開発した。さらに、痛みの感覚がなく汗腺がない無痛無汗症の子供たちのために電子的な冷房服をつくってほしいという依頼があり、協力会社と共同で開発を始めた。
GPSシューズや冷房服は、当初の需要がごくわずかであり、一般企業はこういう事案に関わっている余裕がないことは、私も企業人であったのでよくわかる。資金と人とモノがない状況でどう実現していくか。私が2000年に、研究開発型NPO法人「ウェアラブル環境情報ネット推進機構(通称WIN)」を立ち上げた理由もその点にある。
技術について知識とノウハウがあること、一人の人間という立場で常に社会を研究していること、この両面を武器にして社会をどう変革していくか、プロデューサー的な役割を果たしていくことも私のミッションだと考えた。 WIN設立時は、現役の国立大学教授でNPO法人の理事長になるということが日本で初めてだったこともあり、いろいろと大変であったが、パイオニアとなった。2001年、幸いにも経済産業省の独立行政法人IPAから、2.5億円の競争的資金を獲得でき、本格的にウェアラブル生体情報システムの研究開発に着手した。
 WINの研究成果を社会に還元し役立てていくために、2008年、WINヒューマン・レコーダー株式会社を設立した。WINの研究成果を社会に還元する手法のひとつとして、事業化という形が適しているのではないかという思いに至った。社会貢献を前提に、事業で実績を生み出し、しかるべき成果としてNPOの研究サイドに還元していく。NPOと株式会社が、有機的に作用しあい、共に成長する新しい法人グループの創造にチャレンジするという社会実験をはじめた。 またもう1つのポイントは、WINヒューマン・レコーダーという会社を通じて、理念を共有していただける有力企業とパートナーを組み、先進技術を広く普及するための力を得ることが可能となった。社会起業に取り組むことで、よい経営と社会イノベーションの両面を実現することができることを目指した。  WINヒューマン・レコーダー株式会社の製品であるウェアラブル心拍センサは、胸に小型センサを貼り付けて、心拍波形や体表温、身体の動きを常時測定し、無線通信でデータ管理用のパソコンに送る。遠隔地から24時間、例えばお年寄りの健康状態を見守ることができる。2010年には、総務省の地域ICT利活用広域連携事業の研究開発資金を獲得して研究を加速した。
さらにこのセンサにより、自律神経を測定し、そのバランスを可視化するシステムを実現した。医師によると、自律神経のバランスがとれている状態が人間の健康の源であると言われている。そのバランスが悪くなると、ストレスがたまり健康へ悪影響を及ぼす。昨今、ストレス対策は、ますます重要になってきており、需要が増大している。

3. 「情報ウェアラブル」から「環境ウェアラブル」へ

今後の情報社会においては、インフラの整備が進んでいくが、究極は個々人のニーズにきめ細かく合わせるためのパーソナルサービスが必要不可欠である。このときウェアラブルコンピュータは情報ウェアラブルだけではなく、個人個人に適した環境をも持ち歩く環境ウェアラブルに進化するであろうと考えている。2011年、NEDOの委託研究資金1.6億円を獲得して研究開発を始めた快適・省エネヒューマンファクターに基づく個別適合型冷暖房システムの成果は、家電製品レベルの酷暑環境での作業能率向上機器、家庭や事務所での省エネ機器や健康増進機器、さらには医療機器としての局所冷暖房応用など、様々な用途への応用が考えられる。これを筆者は「e-ウェアコンの世界」と命名し、環境ウェアラブルの典型例と位置づけ、センサなどの情報ウェアラブルと統合する環境ウェアラブルを社会実装していく所存である。