『ふれあいねっと 10』p.p.24〜25
社団法人 長寿社会文化協会(WAC)2003年10月1日発行
痴呆の世界をさぐる
装着型ITシステムウェアラブル≠ェアプローチ      WIN理事長 板生 清



コンピュータは着る時代に

 コンピュータの集積技術の進展により、最近ではみにつけられるほど小さなサイズのものも登場しています。ウェアラブル≠ニは、「身につける・装着する」を意味する「Wear」と「可能な・できる」という意味をもつ「able」を組み合わせたもので、「身につけられる」という意味の言葉です。装着型ITシステムウェアラブル≠研究開発する「NPO法人WIN」の理事長で東京大学大学院新領域創成科学研究科・環境学専攻の教授の板生清さんは、「技術をツールに、社会や暮らしを変えていきたい」と話します。

 ウェアラブル≠フ取り組みのひとつである健康情報システムでは、腕時計型や指輪型のセンサーや靴の中に埋め込まれたセンサーなどで、血圧や脈拍、飽和酸素濃度、体の動き、皮膚の温度等を測定したり、歩行パターンから健康管理をするシステムを現在開発中です。また、わざわざ固くて邪魔な機械を装着するのでなく、将来的にはコンピュータ自体を繊維化し衣服のように自然と身につけられるものにする取り組みも始まっています。数年後の私たちは、まさにコンピュータを着ながら毎日を過ごしているのかもしれません。脳血管性障害の痴呆の引き金にもなる生活習慣病の予防や早期発見の意味でも、ウェアラブル・コンピュータの活躍が期待されます。

アイカメラで手軽に痴呆を発見

 WINでは、痴呆に関しても独自のアプローチを行っています。そのひとつが、眼球運動の測定により痴呆の早期発見を手助けする技術です。痴呆症になると空間認知機能に障害がでます。例えば、似ているけれども明らかに違う2枚の風景写真を見ても、その区別がつかなくなります。このような症状が表れた人の脳をMRIで検査すると、海馬の萎縮が見られることが分かっています。

 2枚の異なる写真の見分けがつかなくなる症状に着目し、板生教授はゴーグル型のアイカメラと2枚1セットの写真を使い、眼球運動の測定実験を行っています。まず1枚の風景写真を患者に見てもらいます。そのとき、写真の一部を○で囲み「この部分は特に注意を払うよう」うながします。次に、もう一枚別の写真を取り出し、「先ほどの写真と同じであるか、違う写真なのか」質問をします。患者が先ほどの写真のどの部分をどんな風に見ていたのかといった眼球運動は、アイカメラが記録します。写真をしっかりと見ていたのに「同じ写真」と答えた場合には、海馬の萎縮がある、つまり痴呆症である可能性が高いということになります。

 「MRI検査をこまめに行うとなったら、本当に大変ですが、アイカメラを使った検査なら、近所の診療所でも手軽にできます」と板生教授。確かに、MRI検査は大きな病院でなければできないし、何日も前から予約を入れ、検査や病院への往復時間を考えると半日がかり、1日がかりになってしまいます。

GPS内蔵の靴

 痴呆症の患者本人にとっても、また介護をする家族やヘルパーにとっても、徘徊は大きな問題のひとつです。徘徊先での事故も多く、不幸にも命を落としてしまうケースも少なくありません。

 そこでWINが(社)長寿社会文化協会と連携し開発したのが、GPS(グローバル・ポジショニング・システム)を内蔵した靴です。患者が今どこにいるのか、カーナビのようにその位置を地図上に示すシステムです。これまでもGPSを使った製品は携帯電話やペンダント型などありましたが、患者が身につけたがらず、途中どこかに置いてきたり外してしまうことが多く、実用的ではありませんでした。その点、これまで履物を脱ぎ捨てたケースは少ないという報告を参考にして、靴に内蔵しようということになりました。


 「家族やヘルパーさんが患者さんから目を離さず、まさに1日中追いかけ、走り回っていることを知りました。それだけで、もうヘトヘトでしょう。機械にできることは機械にやらせればいい。介護する人の心までなくしてしまうのはおかしいですよ」

 なお、この靴については、GPSだけではなく足圧センサーも内蔵されており、履いてる人の歩行パターンも測定できます。

 痴呆症には、まだまだ解明されていない部分も多く、現在の医学では治療することができません。そのための大きな手助けとなるのが、ウェアラブル・コンピュータといえます。

 だれもが痴呆になる可能性があります。心の分析やIT機器を通して、地方になっても安心できるケアやシステムなどの環境作りが、私たちに今、求められています。

(『ふれあいねっと 10』 社団法人 長寿社会文化協会(WAC)2003年10月1日発行 p.p.24〜25)